山形県 月光川蒸溜所レポート:見学訪問レポート(2025年9月)

ウィスキー蒸留所
ウィスキー蒸留所
月光川蒸留所

月光川蒸溜所 鳥海山と海の恵み。新たな挑戦

山形県遊佐町。鳥海山の麓に広がる田園地帯に、新しい風を吹き込む蒸溜所が誕生しました。

その名は月光川蒸溜所(がっこがわじょうりゅうじょ)

今回案内してくださったのは、営業を担う塚形様(前職は家具屋)、そして企画兼営業の太田様(都内の有名なバーでの経験を持つ)。
二人のバックグラウンドからも、柔軟な発想と人材が集っていることがうかがえる。

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蒸溜所設立の経緯と背景

母体となるのは酒田市の楯野川酒造で、日本酒にとどまらず、焼酎やワイン、シードルなど、総合酒造メーカーを志すオーナーの構想から生まれた蒸溜所です。

蒸溜所建設にあたり、大きな条件となったのは防爆対応。山形県内で発生した爆発事故を受け、製造施設への規制は一気に厳しくなった。
工程ごとに完全に部屋を分け、防爆仕様を徹底すること。月光川蒸溜所は、この新しい時代の要請に応える形で建設がおこなわれました。

コロナ禍による一時中断を経て、2021年12月に創業。2023年9月に免許を取得し、同年10月から本格的に製造を開始した。
目指すハウススタイルはクリーンでエレガント、フルーティでボディのある酒質。その方向性は、ニューメイクからすでに垣間見える。

蒸溜所にはカウンターも設置してあり、室内から蒸溜機が眺められる。このガラスももちろん防爆使用。

原料と仕込み

1バッチは500kgの麦芽。主に英国ポールズモルト社の大麦麦芽を用い、ノンピートが9割を占めるが、夏にはピーテッド麦芽も仕込む。

粉砕はドイツ・キュンツェル社製の粉砕機で、電子制御によって正確に500kgを計量。ホッパーやパイプも見える設計で、ハスク:グリッツ:フラワー=2:7:1に振り分けられる。
副産物のドラフは脱水後、近隣農場へ。鳥海山の海側の施設に関しては、排水も厳しく規制されており、タンク車で畜産農場に運ばれる。これはかなり大変な作業でもあり、他の蒸溜所では見ない仕組み。こちらも豚の飼料として再利用される。

マッシュタンは三宅製作所製。3番麦汁まで使用するスタイル。初期段階では高濃度麦汁(500kgから2100L、9%醪)にも挑戦を行っていた。しかし、蒸溜所が目指す酒質には合わず、現在は2400Lで7〜8%の醪を標準としている。

発酵と酵母の工夫

発酵槽はサーマルタンク仕様で、内側は樹脂コート。外側は柔らかい素材で、樹脂タンクとの間に空冷機が入っており、常に32℃以下に管理される。発酵時間は96時間(約4日)。本来は5日以上を理想とするが、タンク数の制約で現状は4日間に留まる。

ユニークなのは酵母の使い分けと培養
先に自社で培養を行っているのエール酵母を加え、その後ディスティラリー酵母を投入。初期の段階から二段階発酵で複雑さを引き出す手法だ。

蒸溜における独自のリズム

ポットスチルも三宅製作所製。初留器はランタンヘッドでかなり絞りを聞かせており、再留器はストレートヘッドでやや下向きに設計。熱源は間接スチーム。6〜7時間かけてじっくりと蒸溜を行う。

フェインティーな香味を避けるため、出社スタッフ全員で度数と香りを確認しながらカットを判断する。
ある一定の度数に達した際に行われる、「1分ごとの官能検査」。その徹底ぶりは小規模蒸溜所ならではの緻密さであり、強味とも言える。

蒸溜後のニューメイクは少し低めのアルコール度数60.5%まで加水され、1バッチで約310Lが得られる。

熟成と環境

熟成庫は木製ラック式とダンネージ式の2種を併用。最大2000樽を収容でき、現在は約850樽が眠る。バーボン樽はダンネージ、それ以外はラック方式で貯蔵。週に10樽程を詰めている。

写真の木製ラックは非常に整然としており、圧巻。
場内には強力な吸排気設備もあり、今後は蒸溜所ほど近くにある日本海の潮風を纏ったウイスキーが生まれることも期待されている。

シェリー樽はスペイン・ゴンザレスビアス社と提携し、公式認証を受けた樽を確保。
また、面白い樽として、清酒業の一環にもなるが、ミズナラの新樽に日本酒を入れ込み短期熟成。その後ウイスキーを入れるという【ミズナラ日本酒カスク】を試験的に運用。

熟成庫の特徴的な設備として、床下に川のように鳥海山の沸き水を流す工夫がなされており、冬は50%前後だった湿度を70%以上に維持できるようになっている。

  

味わいと印象

テイスティングでは、ニューメイクからニューボーン、現在仕込み始めのピーテッドニューメイクまでを体験。

香味はダークアガベシロップ、マッシュポテト、柑橘、少し麦芽や酵母に由来するアーシーなニュアンス。加水により一気に開くフルーティーな香りがひらく。
ニューメイクからしっかりとボディ感がありつつもなめらか、目指す「エレガントでフルーティ」な方向性が確かに息づいていました。

遊佐町、山形の未来へ

月光川蒸溜所は、今日までにあったウイスキー蒸留所設立ラッシュには少し遅れた形での登場ともいえ、まだ誕生したばかりの存在とも言えます。
しかしその造りには、酒田で培った清酒蔵の技術、そして山形の、鳥海山と日本海の近くという雄大な自然環境を最大限活かした工夫が随所に光る。

様々な工夫と清酒蔵のノウハウ。随所にみられる電子的な制御による科学的でありながらも実験的につくられる原酒。
鳥海山から流れる清らかな水音と日本海から供される潮風に包まれた熟成庫で、いま眠る樽の数々。
この土地の風土と人々の挑戦が、ウイスキーの味わいを作り上げていく。やがてその一滴がグラスに注がれる時を心待ちにしています。

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最後に:ジャパニーズウイスキーのおすすめ書籍

世界的なトレンドを巻き起こしている「ジャパニーズウイスキー」の事をもっと知りたい、もっと勉強したいという方は、是非こちらの書籍をおすすめいたします。

(1).Whisky Galore(ウイスキーガロア)Vol.51 2025年8月号

【巻頭特集】
スコッチ蒸留所名鑑 第2弾 ペルノリカール[前編]」
フランスのペルノリカール社が所有するモルト蒸留所について解説し。今号では計6つの蒸留所を掲載。
【特集】
「国家級中国威士忌最新事情 ダイキン編」
土屋守編集長が中国を訪れ、目覚ましい成長を遂げるチャイニーズウイスキー最新事情をリポート。
「韓国ウイスキー」
モルトウイスキー蒸留所が相次いで誕生している韓国を訪問。
【特別対談】
7年ぶりに誕生した新定番 ジョニーウォーカー ブラックルビー
土屋守×金子亜矢人ベンツェ氏
【イベントリポート】
東京ウイスキー&スピリッツコンペティション2025 受賞結果

(2).ビジネスに効く教養としてのジャパニーズウイスキー

世界的にも有名なウイスキー評論家で、ウイスキー文化研究所代表 土屋守先生の著書「ビジネスに効く教養としてのジャパニーズウイスキー」です。
ウイスキーの基礎知識、日本へのウイスキーの伝来、ジャパニーズウイスキーの誕生、広告戦略とジャパニーズウイスキーの盛隆、そして、現在のクラフト蒸留所の勃興まで。日本のウイスキーの事が非常にわかりやすくまとめられた一冊。

(3).ウイスキーと私(竹鶴政孝)

日本でのウイスキー醸造に人生を捧げた、ニッカウヰスキー創業者・竹鶴政孝。ただひたすらにウイスキーを愛した男が自らを語った自伝の改訂復刻版。若き日、単身スコットランドに留学し、幾多の苦難を乗り越えてジャパニーズ・ウイスキーを完成させるまでの日々や、伴侶となるリタのことなどが鮮やかに描かれる。

(4).新世代蒸留所からの挑戦状

2019年発売。世界に空前のウイスキーブームが到来しているいま、クラフト蒸留所の経営者たちは何を考え、どんな想いでウイスキー造りに挑んだのか。日本でクラフト蒸留所が誕生するきっかけを作った、イチローズ・モルトで有名なベンチャーウイスキーの肥土伊知郎氏をはじめとする、13人のクラフト蒸留所の経営者たちが世界に挑む姿を綴った1冊。

(5).ウイスキーライジング

2016年にアメリカで出版された『Whisky Risng』の日本語版であり、内容も大幅にアップデート。ジャパニーズ・ウイスキーの歴史が詳細に記述されているだけでなく、近年、創設がつづくクラフト蒸溜所を含む、日本の全蒸溜所に関するデータも掲載。そのほかにも、今まで発売された伝説的なボトルの解説や、ジャパニーズ・ウイスキーが飲めるバーなども掲載されています。

(6).ウイスキーと風の味

1969年にニッカウヰスキーに入社した、三代目マスターブレンダーの佐藤茂夫氏の著書。
『ピュアモルト』『ブラックニッカクリア』『フロム・ザ・バレル』の生みの親でもあり、なかでも『シングルモルト余市1987』はウイスキーの国際的コンペティションWWA(ワールド・ウイスキー・アワード)にて「ワールド・ベスト・シングルモルト」を受賞。
竹鶴政孝竹鶴威の意志を引き継いだブレンダー界のレジェンドが語る今昔。

この記事を書いた人
Ryuhei Oishi

北海道出身 bar新海虎ノ門店のバーテンダー。
都内のレストランで従事し、日本ソムリエ協会認定ソムリエ資格を取得。
土地それぞれの風土から様々な味わいが作り出される日本のウイスキーに興味を持ち、bar新海に就職。蒸留所へ行き、造り手の方々に話を聞き、その情熱・情報をバーテンダーとして伝搬するべく、JWDに参加。

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